「天守閣」という言葉自体には馴染みがあるけど、

それって実際どこの場所のこと?と聞かれると困ってしまいますよね。

「城」と「天守閣」の違いや、

「天守」、「本丸」といった似た響きの言葉との違いもややこしいです。

 

そこで今回は、天守閣とはいったいどこの場所を指す言葉なのか、

本丸や城とはどう違うのかというところについて、

実際の天守閣の画像などを見ながら解説していきます。



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天守閣とはどこの場所のこと?城との違いは?

天守閣とはどこの場所のこと?

「天守閣=お城」というイメージを持っている方も多いかもしれませんが、

厳密にはイコールではありません。

じゃあ一体天守閣とはどこの場所を言うのかというと、

天守閣とは、お城の敷地の中にある最も高い建物のことなのです。

 

具体的に画像で見てみましょう。

引用元:http://www.city.kumamoto.jp

こちらは熊本城の画像(パース)になりますが、

この中心にそびえたつひと際大きな建物が、天守閣になります。

 

引用元:http://www.geocities.jp

こちらは高松城内の比較図になりますが、東西南北に配置されたやぐらと比べても、

天守閣は圧倒的な巨大さであることがわかります。

 

つまり天守閣とは、いわゆる城の象徴となる建物のことで、

始めに建造させたのは織田信長だと言われています。

つまり、あの安土城は、当時の常識からは考えられない規模の外観だったというわけです。

お城の象徴となる巨大な城を作ることで、

自らの権威を誇示し、世を統一しようとしていたとされています。

 

実際に、当時の技術力では、石垣を高く積み上げるのはとても大変なことで、

石を運ぶため船などの道具や実際に積み上げる人の用意などを行えるという事実は、

城主の圧倒的な権力を示すこととなりました。

 

引用元:https://shigatoco.com

城と天守閣の違いを解説するのには、こちらが安土城の復元パースがわかりやすいです。

この入り組んだ全体像が「安土城」で、

その真ん中にそびえるのが、安土城の天守閣となります。

 

つまり、あくまで天守閣は城を構成する建物の一部ということなのです。

 

天守閣の役割

天守閣は象徴としての役割の他にも、軍事的な役割がいくつかあります。

 

物見やぐら

天守閣とはお城の中で最も高い建造物のことです。

そこからなら城内はもちろん、城外の様子も確認することができるので、

攻め込んでくる敵に対して戦を有利に運ぶことが可能となります。

 

籠城場所

城の最も高い位置に存在する天守閣は、最終的な籠城場所としても利用できます。

例えば、熊本城の天守閣は籠城した時のために、食べられる畳を敷いていたとされています。

また、高知県の天守閣には下にいる敵に攻撃するための

「石落とし」と呼ばれる穴が開けられています。

 

貯蔵庫

籠城するような切迫した状況でない場合には、天守閣は貯蔵庫としても利用していました。

岡山城や熊本城の天守閣には、書斎としての要素も一部取り入れられていました。



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「天守閣」と「天守」の違いは?

現代では「天守閣」という呼び名が一般的ですが、

この「天守閣」という呼び名が浸透したのは江戸時代後期のことで、

最初に建造した織田信長の時代では「天守」や「天主」と呼ばれていました。

 

天主も読みは「てんしゅ」と天守と同じで、

天高い場所から世を見渡す主君であるというような意味が含まれています。

 

また「閣」というのは金閣や銀閣のように高級建築物への修飾語として付けられる字で、

時代とともに天守という建築物への造形や壮大さも増していく中で、

天守閣と呼び方が変わっていったようです。

つまり、天守閣と天守は呼び方の違いであって、建造物的には同じものを指します。

 

ただ、建築用語として正確なのは「天守」になります。

実は天守にも望楼型天守、層塔型天守などといった建築様式が多数あり、

その分類には「天守」という言葉が用いられています。

 

天守の分類

せっかくなので、天守の分類についてざっくりみていきましょう。

まずは天守の種類から。

 

現存天守

現存天守とは、戦国時代や江戸時代に建造された天守閣のうち、

現在までそれが保存されている天守のことです。

ちなみに現在で12基あり、中でも最大なのは姫路城の31.5mとなっています。

 

・現存12天守閣

これまで、日本では記録に残るだけでも100を超える天守閣が建造されましたが、

現在まで保存されている現存天守は、日本全国で12基となっています。

戦乱の結果や江戸幕府の一国一城令、明治維新、災害などなど、

さまざまな危機を乗り越えた12の天守閣について、歴史や見どころを解説しています。

 

その土地の城を見物するということが、旅行の目的の一つになることも多いと思いますが、

そんな時にも、その城の歴史を知っているかどうかで感慨も大きく変わってくるでしょう。

日本に住む人として、ぜひとも知っておきたい歴史が詰まった一冊です。

 

復元天守

かつて存在していた天守閣を、

図や写真などの資料からほとんど同じに再建した天守閣のことを言います。

名古屋城がその一つです。

引用元:https://sirotabi.com

 

復興天守

かつて存在していたことは確かな天守閣だが、外観を示す資料が不足している状態のため、

現代の建築士がその完成形を推測して再建した天守閣のことを言います。

復興天守は、当時の外観そのままではないということです。

大阪城がその一つです。

引用元:https://tk.ismcdn.jp

 

模擬天守

模擬天守は、もともと天守閣が無い城に、天守閣を追加して作ったものを指します。

千葉城がその一つです。

引用元:https://next.jorudan.co.jp



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「天守閣」と「本丸」の違いは?

天守閣と本丸の違い

時代劇などを見ていると「本丸」なんていう言葉が聞かれることがありますよね。

本丸と聞くと城にとって大事そうなイメージがありますが、

城の象徴としての意義がある天守閣のことを指しているのかな?なんて思ったりもします。

 

しかし、天守閣と本丸は役割が少し異なります。

 

本丸とは、城主の住まいである奥御殿、軍略会議を行う政庁としての表御殿、

天守閣、やぐらなどをまとめた、実質的な城の本部を指す言葉になります。

つまり天守閣は、本丸の建物の内の一つということです。

 

引用元:http://sakurasakujapan.web.fc2.com

こちらは大阪城の上面図になりますが、

中央の点線で囲まれた部分が本丸と呼ばれる区域です。

本丸の中に天守閣が建っているというイメージが理解できますでしょうか。

 

巨大な天守閣そのものが本部のように思えるかもしれませんが、

そもそも天守閣はとにかく高く巨大に作られる城の象徴としての役割が一番で、

内部に関してはあまり重要視されていません。

当然エレベーターなどもない時代ですから、

寝るためや会議をするためにいちいち天守閣の中まで登っていくのではとても大変です。

 

実際にはやぐらとして見張り番が登るくらいで、

城主が天守閣に入ることはほとんどありませんでした。

生涯一度しか天守閣に入らなかった城主もいるくらいです。

 

そこで、象徴としての天守閣とは別に、日常的に使う御殿を設けて、

それらを全部まとめて本丸と呼んでいるわけです。

また、大きい城になれば、本丸の周りに二の丸、三の丸と続き、

相手の侵攻を妨げる要塞のような城になります。

 

つまりここで一度城の構造をまとめると、

城(本丸+二の丸+三の丸+・・・)の中に、

本丸(天守閣+御殿+物見櫓など)があり、

その本丸の中に城の象徴として天守閣が建っているということなのです。

 

名古屋城本丸御殿 1/300

名古屋城 1/300

こういった模型を見ると、本丸のイメージが掴めると思います。

こちらは戦災で焼けてしまった名古屋城本丸御殿と

名古屋城天守閣を復元したペーパークラフトになります。

これらをまとめて、「本丸」と呼んでいるわけですね。

作成時間は8時間~12時間と、結構根気がいりますが、完成すると圧巻ですよ。



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まとめ

いかがでしたでしょうか。

なんとなくどれも聞いたことがある天守閣や天守、本丸という言葉。

 

実際にどれがどの場所のことを指すのかという違いについては

よくわかっていなかった方も多いと思いますが、

我々が「城」とイメージしていたあの大きな建物こそが、「天守閣」だったのです。

そして、天守閣の周りにある生活拠点の御殿などを含んだ城の本部を「本丸」と呼び、

本丸に加えて、二の丸や三の丸などをすべて含めて「城」ということなのです。

 

また、あれほど大きな天守閣なのに、

ほとんど中に城主が入ることがないというのも驚きですよね。

 

今後、城の見物などに出かける際には、

そんな城の成り立ちについても思いをはせてみるのも良いかもしれませんね。